字幕づくり 第17回


お彼岸ですので "Rod Stewart" の "Sailing" を。



誰もが一度は耳にした事があるのではないでしょうか?

もともとは1972年に発表された曲のカバー。
1975年、彼の歌声により新しい命を吹き込まれ、
20世紀を代表する楽曲のひとつとなりました。

この曲が大ヒットしたのは、ベトナム戦争が終結した直後。
誰しもが、すがる物を失いつつあった時代です。






- Lyrics -


I am sailing, I am sailing,
home again 'cross the sea.
I am sailing, stormy waters,
to be near you, to be free.

I am flying, I am flying,
like a bird 'cross the sky.
I am flying, passing high clouds,
to be with you, to be free.

Can you hear me, can you hear me
thro' the dark night, far away,
I am dying, forever crying,
to be with you, who can say.

Can you hear me, can you hear me,
thro' the dark night far away.
I am dying, forever crying,
to be with you, who can say.

We are sailing, we are sailing,
home again 'cross the sea.
We are sailing stormy waters,
to be near you, to be free.

Oh Lord, to be near you, to be free.
Oh Lord, to be near you, to be free,
Oh Lord.







※今回のポイント※


まず、これほどの名曲に挑戦するのには勇気がいりました。
40年以上の歴史があり、数多くの人が和訳に励んだはずです。
しかし、これぞ決定版という物がないのも事実。
自分なりにやってみる価値はあるかなと考えました。

毎回、様々な特徴のある曲に挑戦してきましたが、
今回のは「これぞ歌」「これぞ詩」と言うべき曲。
極めてシンプル。
その実、とても奥深い。
いく通りにも解釈でき、それ故にとても難しいんです。

おそらく、決定版が存在しないのもそれが理由。
ひとつの解釈を日本語で表現しようとすると、
他の解釈がぼやけてしまい、奥深さが表現できません。

今回目標とするのは「最大公約数」です。
初めて聴いた人や初見の人が、自分なりの解釈を持てる。
そんな日本語字幕を目指します。









I am sailing, I am sailing,
home again ‘cross the sea.
I am sailing, stormy waters,
to be near you, to be free.


タイトルである "sailing" は「船旅・航海・出航」などの意。
「出航」はちょっと合いませんので「航海」でしょう。

ただ、字幕ではもっとシンプルで力強く、臨場感を。


”海を行く
 いま 海を行く

 家へ帰ろう
 この海を越え

 いま 船は行く
 荒れ狂う海を

 君といるため
 自由を得るために"








I am flying, I am flying,
like a bird ‘cross the sky.
I am flying, passing high clouds,
to be with you, to be free.


ここで「?」と感じる人がいると思います。
「航海しているはずなのに、なんで空を飛ぶの?」と。
理由は後で分かります。

"I am flying" は "I am sailing" と対にしたいので、
「空を行く」としました。

それにともない "like a bird ‘cross the sky" を、
「まるで 鳥が渡っていくように」とします。
意味は損なわないと思います。

"to be with you, to be free" は、
最初のパートと少し訳を変えます。
さらに、あえて二人称をなくしました。
これは意図があっての事です。


”空を行く
 いま 空を行く

 まるで鳥が
 渡っていくように

 空を行く
 高い雲を飛び越えて

 共にあるため
 自由になるために"









Can you hear me, can you hear me,
thro’ the dark night, far away,
I am dying, forever crying,
to be with you, who can say.


さて、一番の難関です。
ここをどう訳するのかで、曲の印象がガラリと変化。

まず、最初に注目して欲しいのは、
これがひとつの文章になっていない事。
節ごとに独立しているんです。

つまり、それぞれをどう繋げるかで意味が変わります。
前半はともかく、後半はダブルミーニングどころか、
トリプルミーニングの可能性もあるかも。
本当によく練られた詩です。

とにかく、ブロックごとに直訳してみましょう。

"Can you hear me"
これはそのまま「私の声が聞こえていますか?」

"thro’ the dark night"
「暗い夜を通り抜けて」

"far away"
「遥か遠く」

"I am dying"
「死につつある」「死にかけている」
 または「死ぬほど~したい」

"forever crying"
「永遠に」と「泣く・叫ぶ」

"to be with you"
「あなたと一緒にいるため」

"who can say"
「誰が言えるか?(いや、誰にも言えない)」
 =「誰にも分からない」(慣用句)


「死」とか不吉な言葉が出てきましたね。
これらを組み合わせていくワケです。
そして、こういう時に物を言うのが想像力。


この曲は、大きく3つの要素があると考えています。

1. 嵐の中、命を失おうとしている一人の船乗りの物語
2. 人生を航海に例えた、我々自身の歌
3. 20世紀後半に生まれた、新しい賛美歌


1番目は、この曲のメインのストーリー。
長い航海を終え、いま帰路につく船乗り。
辿り着く先にあるは、過酷な労働からの解放。
そして、彼の帰りを待つ、愛する人たち。
しかし、激しい嵐が襲う。
船は壊れ、傾き、荒れ狂う海に投げ出される。
それでも船乗りは、最後の最後まで諦めない。
愛する人たちの顔を思い浮かべながら……。


2番目は、そのまま人生の歌という解釈。
生きるという事は、広い海を行くのに似ている。
どんな困難も乗り越えて行こう。


3番目は、神を讃える歌という考え。
神と常にともにあるという、敬虔な祈り。


この3本の柱が、曲を支えているのだと考えました。
そして、それぞれが独立しているのではなく、
密接に関係しているのだと感じます。
そう、三位一体で。

これを最大限表現しようと、次のようにしてみました。


”聞こえますか?
 私の声が
 闇夜を貫き
 遥か遠く
 いま 死の淵で
 永久(とわ)に叫ぶ
 「共にあるため」と
 誰が言えましょう"


「愛する人」と「神様」どちらに向けたのか、
対象を明らかにしていません。

少しズルいですが、「共にあるため」の部分も、
「永久に叫ぶ」と「誰が言えましょう」
どちらにかかるかハッキリさせていません。

"who can say" は慣用句として、
「誰にも分からない」と日本語でされるので、
ほとんどの人はこの曲でもそう訳しています。
でも、「誰が言えるでしょうか?」とした方が、
ちゃんと意味が通じると思うんです。

"to be with you" が「(主と)共にあるため」だと
考えると、"who can say" との組み合わせで、
色々な情景が見えてきます。


難破し、嵐の中で海に投げ出されてもなお、
愛する人のもとへ帰ろうと諦めない男。
「いま「主と共に」なんて言えるもんか!」
「絶対に帰るんだ!」という強い意志。

逆に、こんな無念で悲惨な状況にあって、
それでも「主と共に」と叫び続けられる、
「そんな敬虔な者は、私の他にいるでしょうか?」
という信仰心の発露。

どれが正しいというのではなく、
聴いた人それぞれがどう捉えるのか。
解釈は聴き手に全て委ねられていると思います。

私の訳が、その邪魔になってなければ良いのですが……。









We are sailing, we are sailing,
home again ‘cross the sea.
We are sailing stormy waters,
to be near you, to be free.


押し付けになってしまうかもしれませんが、
事実上最後のパートとなるこの部分は、
先に行ってしまった人たちと、
いま生きている私たちとが「交差する地点」と考えます。


”俺たちは皆 ―
 船に乗っている

 家へ帰るんだ
 この海を越えて

 いま 船は行く
 荒れ狂う海を

 君のそばに
 自由に"








Oh Lord, to be near you, to be free.
Oh Lord, to be near you, to be free,
Oh Lord.


”主よ あなたの許へ
 自由を

 主よ あなたの許へ
 自由を

 主よ あなたの許へ
 解放を

 主よ"



最後の "to be free" を「解放」にしました。

賛美歌として捉えるなら、自由とはすなわち魂の解放であり、
また、人は死によって全ての苦難から解放されます。

あの船乗りの魂も、愛する人のもとへ帰ったと信じて。



これはあくまで想像です。
この曲は、ベトナム戦争によって命を失った人々への、
哀悼の歌、鎮魂の歌として受け入れられた……
そういった側面もあったのではないでしょうか?

西と東の代理戦争として始まったベトナム戦争。
戦況が泥沼化する中で大義を失い、ただ命が失われていく。

遠く異国の地で倒れた人たちにこの歌を重ね合わせ、
魂の開放を願ったのかもしれません。


現在も、戦争・テロ・災害・事故・犯罪……
理不尽に命を奪われる人たちのニュースで溢れています。
そういった事に思いを馳せながら、この曲に耳を傾けてみる。
そんな日も時には必要ではないでしょうか?






今回は、一人称や二人称を使い分ける事によって、
「多元的な要素を持った詩なんだよ」と表現したり、
あえて対象を特定せず曖昧にする事により、
受け手の解釈の幅を広げられるように努力しました。

しかし、「解説なしで初見の人がどう受け取るのか」
「逆効果になっていないか」という不安も大きいです。


いやぁ、字幕って本っ当に難しいもんですね。
ではまたお会いしましょう。





↓ 今回の曲はコチラ ↓


Rod Stewart - Sailing





Sailing
Rhino/Warner Bros.
2008-11-17





収録アルバム

1975年発表の大傑作
アトランティック・クロッシング
ロッド・スチュワート
ワーナーミュージック・ジャパン
2005-10-26






ベストアルバムならコレ
スーパースター・ストーリー~ザ・ベスト・オブ・ロッド・スチュワート
ロッド・スチュワート
ワーナーミュージック・ジャパン
2009-01-28