「一流の店でも、フレンチ・トーストは2つ折りで出すぞ」





わやQの映画語り 第2回

『クレイマー、クレイマー』(原題: Kramer vs. Kramer) - 1979年 アメリカ
監督/脚本:ロバート・ベントン
原作:アヴェリー・コーマン
出演:ダスティン・ホフマン メリル・ストリープ





ヴィヴァルディの「マンドリン協奏曲 ハ長調」がとても印象的。

最近のエンターテインメント系映画も面白いのだけれど、
派手なカメラワークと音楽で、色々と誤魔化されている気がする。
まるで、一瞬の満足感だけが高い、アトラクションのよう。

それはそれで、一つの正しい映画のあり方だと思う。
映画館に足を運び、料金を払う価値がちゃんとある。
実際に、そういう映画を思う存分楽しんできた。

でも、時にはこの作品のような「名画」を、じっくり鑑賞したい。
何十年経っても、色褪せることのない名画を。


わやQの思う「名画の条件」の一つは、
「人生の節目節目において、違う表情を見せる作品」であること。

人生には、大小様々な節目がある。
進学や卒業、初恋に失恋、就職、結婚、出産……
長く生きていれば、大病もあるかもしれない。
肉親との別れもあるかもしれない。
もっと単純に、年齢的な節目だってある。

そんな人生の節目を迎えるごとに、新たな発見がある映画。
それ以前の自分が見ていた表情とは、また違う表情になる映画。
そういう作品こそが「名画」だと思っている。

もっと大袈裟に言ってしまえば、名画とは、
「自分の人生、その時間とともに熟成していく作品」なのだ。



その条件に当てはめるなら、この『クレイマー、クレイマー』は、
わやQの心のワインセラーで、最も熟成が進んだ一本。
今現在確認されている中で、わやQが観た最初の長編映画。

なぜこんな風に伝聞調なのかと言うと、記憶にないから。
そう、これは伝え聞いたお話。
それは、物心がつく前のお話。



わやQは幼い頃、とても「いい子」だった。
聞き分けの良い、いわゆる「手のかからない子」。
大人しく、お行儀良くしていられたので、どこにでも連れて行ける。

だから、映画館に連れて行っても、迷惑にならないと考えたのでしょう。
母は、幼いわやQを連れ、この映画を鑑賞することにしました。
案の定、大人しく「いい子」にしていたようです。

しかし、映画が佳境にさしかかる頃、異変が起きました。
それまで大人しくしてたその子が、急に泣き出したのです。
母は慌てて「どうしたの?」と聞きました。
すると、その子は一言……「かわいそう」
そう言って、ボロボロ涙をこぼしました。

物心がつく前です。
平仮名の読み書きもできない頃です。
当然ながら字幕は読めません。
ましてや、英語なんか分かるハズもありません。

でも、言葉なんて分からなくても、
「離婚」や「親権」なんて知らなくても、
幼い心にまで、しっかりと伝わるものがあったのでしょう。
「映画」という創作物で、初めて涙を流した瞬間でした。


つまり、わやQにとってこの映画は、
「初めて観た長編映画」であり、
「初めて観た外国語映画」であり、
「初めて観た字幕付き映画」であり、
「初めて泣いた映画」にもなるワケです。

今のわやQは、「言葉」にとてもこだわっています。
そんな自分が初めて泣いた映画作品が、
「言葉の分からない映画」というのは、何とも面白い話です。




さて、さんざん映画館で泣きはらしてきた小わやQ。
帰宅するとそんなことはすっかり忘れてしまい、
別のことに興味を持ち始めます。


それは……








フレンチ・トースト!









この映画の中で、特に印象的なのは、
テッドとビリー親子が朝食を作るシーン。
フレンチ・トースト。

小わやQは、この未知の食べ物に心を奪われました。
そして、フレンチ・トースト作りに取り組んだのです。


それからというもの、度々フレンチ・トーストを作っては、
祖父に「振舞って」いたとのこと。

しかし、今考えてみると、明らかに迷惑だったでしょう。
昔の人で「洋食派」ではない祖父。
フレンチ・トーストというだけでハードルが高いのに、
目の前に出されるのは、幼児の作った「出来損ない」です。
 
卵液と牛乳でベチョベチョのパン。
時には生焼けだったり、時には黒コゲだったり。
多分、味付けもまともにできていなかったと思います。

そんなのを毎回平らげるのは、どれほど苦痛だったでしょうか?
悪いことしたなぁ。



でも今なら、もう少しまともに作ることができます。
大人になり、料理は得意な方になりました。
あの幼い頃以来の、フレンチ・トーストを作ってみようかな。
そして、祖父の墓前にお供えしよう。






テッドとビリー親子にとってのフレンチ・トーストは、
父と子が二人で過ごした時間の象徴です。
あのフレンチ・トーストには、まるでワインのボトルのように、
父と子の18ヶ月間が詰まっています。


今わやQが作るフレンチ・トーストは、どうなのでしょう?
あの子どもの頃からの時間が、詰まっているのでしょうか?
それは、年月に相応しい熟成を遂げているのでしょうか?



何だか、苦笑いして口に運ぶ祖父の顔が、そこに見えてくるようです。




2015年10月26日 わやQ





クレイマー、クレイマー コレクターズ・エディション  [DVD]
ダスティン・ホフマン
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2011-01-26





待望の、TV放映時の吹き替え版を収録!